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 ※こちらはBL台本となっております。性的描写はございませんが、苦手な方はご注意ください。


【登場人物】

 ♂:♀→3:2(3:1でも可能です。)


 【男性】
  狭間 晴(ハザマ ハル)   :白兎東(シラトヒガシ)高校2‐A在籍。
               内気な文学少年。中肉中背、眼鏡。病気のため母と死別し、白兎町に住む母方の
               叔母である遼子に引き取られることに。感受性が豊かな普通の子。小説の世界に
               没入することで現実逃避している。

  八雲 紅緒(ヤグモ ベニオ) :白兎東高校2‐A在籍。
                明朗快活なバンドマン。ボーカル担当。猫のようにしなやかな身体つき。独りを
                                  望む狭間に興味を抱く。

  一条 綾人(イチジョウ アヤト):白兎東高校2‐A在籍。
                 無口、無表情。色白、華奢な超絶美人。クラスの誰から話しかけられても無視するか、
               淡白な返事しかしない。ただし、かつてのクラスメイトであり、2‐C在籍の雪代
                                              京(ユキシロ キョウ)にだけは、心を開いているようだ。

  男性・車掌(兼)    :狭間の回想に登場。


 【女声】

  馳川 遼子(ハセガワ リョウコ):32歳、文具メーカー勤務の独身女性。晴の母、狭間 祥子(ハザマ ショウコ)の妹。
                                              両親を亡くした晴の身元を引き受ける。さばけた性格で、傷心の晴をさりげなく
                                              気遣う。

 

   棘の兵(イバラノヘイ)   :棘の塔を守る兵。錆びついた鎧。心臓に紅い薔薇の花を咲かせている。
               一条の母親の声で話す。

  女性・生徒(兼)    :狭間の回想に登場。


 ※以下、【】内は、間と状況説明。()内はルビ。
  Mはモノローグ。

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 【1人、白兎町(しらとちょう)行きの電車に揺られる狭間。
  手には読みかけの小説。呆然と車窓の外を眺めている。

      女性、男性、生徒は回想。】

狭間M:車窓の向こうでは、桜が咲いていた

 

女性:可哀想にねえ。お父さんを小さい頃に亡くしてから、ずっと2人きりで生きてきたんでしょう?

 

狭間M:薄桃色の花びらは、純白の紙吹雪みたいだ。見知らぬ街が、白く汚れていく。暗く澱(よど)んだ恐れの
     色が、息が詰まるばかりに目映い、慶びに漂白されていく

 

男性:叔母さんに引き取られるんだってな。学校も移らないとならないそうで。
   親戚がいたなら、手遅れになる前に、もっと何とかしてやれなかったのかな

 

狭間M:堪らなくなって、僕は手元へ目を落とした。歪んだ長方形にならぶ活字を、ひたすら追いかけ、物語の世界
     に没入していく。
     そうすれば、心を留めておける。身体はどうしようもなく、運ばれていくけれど

生徒:なんか、いつでも本ばっか読んでて、暗っ! と思ってたけど。ちょっと同情しちゃうよねー

狭間M:ああ。僕はどこにいたのだろう。いま、どこにいて、どこへいくのだろう。
     ただ、なにも、考えたくなかった。なにも、感じたくなかった。これまでも、この先も、ずっと、ずっと

 

車掌:次は、白兎(しらと)ー、白兎ー。降り口は左側です。お降りのお客様は、お忘れ物のございませんよう、
   ご注意ください。白兎を出ますと、次は……

 【間。】

狭間M:4月。棘(いばら)の塔

 【間。
  白兎東高校2‐A教室。新学期が始まって1週間が経った日の昼休み。
  クラスメイト達が思い思いに、賑やかな一時を過ごしている中、狭間は1人、自分の席で本を広げている。
  その前の席の八雲、振り返って狭間に話しかける。】

八雲:はーざまん。学校、慣れた?

 

狭間:…………

 

八雲:はーざまん。ねえ、はーざまんってば!

 

狭間:……もしかして、その「はーざまん」って、僕のこと?

 

八雲:そ。狭間 晴(はざま はる)っしょ? だからはざまん。だめ?

 

狭間:別に、構わないけど。あの、なにか用事?

 

八雲:用事はない。興味はある

 

狭間:興味?

 

八雲:そ、はざまんに興味があんの。転校初日からずーっと、昼休みになった途端にそうやって、弁当箱の
   代わりに本を開く大物だから。しかも文庫本じゃなくてハードカバー。新しいクラスメイトと
   コミュニケーションとらんの、って訊きたい気持ちはぐっとこらえるけど、こっちは訊かして。昼飯、
   食わんの?

 

狭間:食べない

 

八雲:ダイエット?

 

狭間:食欲ない。あの、僕、これ読んでるから

 

八雲:はー! はざまんはあれかな、おいちちゃん2号かな?

 

狭間:おいちちゃん?

 

八雲:2‐A、ってか東高のアイドル。窓際の一番前。いま、ぼーっと外見てる

 

狭間:……ああ、一条くんのこと?

 

八雲:そ、一条 綾人(いちじょう あやと)。あの子さ、受け答えが常に0か1かなんすよ。いや、学校の
   アイドルってそうあるべきなのかも知れないし、シンプルイズベストって言葉はあるけどさ? 俺としては
         もっとこう、面白おかしく着飾ったキャッチボールがしたいわけで! ほら、ストレートだけじゃつまんない
         じゃん、カーブとかフォークとか、魔球とかがあってこそ野球じゃん!?

 

狭間:そう、なんだ。がんばって

 

八雲:うん、1年前からがんばってるんだけど、あの子頑(かたく)なでさー。ただし可愛いから許す

 

狭間:可愛いって、男だよね?

 

八雲:男でも可愛いもんは可愛い。ほんと可愛いよね、まじで可愛いよね、ほとんど作り物のレベルだよね

 

狭間:可愛いと言うよりは、美人だって言うべきだと思うんだけど

 

八雲:あ、やっぱ興味津々なんだ。自己紹介のとき、超凝視してたもんね?

 

狭間:ちょっ!? み、見てない! 別に、全然見てない!

 

八雲:あはは、そっすか。あははははははっ!

 

狭間:笑わないでもらえると、嬉しいんだけど

 

八雲:ごめんごめん。あれだね。はざまん、結構喋れるね

狭間:え

八雲:俺、八雲 紅緒(やぐも べにお)

狭間:……流石に覚えてるよ。前の席だし

 

八雲:そ? ありがとー。俺のことも好きに呼んで

 

狭間:……わ、かった

 

八雲:よーっし、でははざまん、いますぐその本を閉じる! 机にしまう! んで、購買にレッツゴー!

 

狭間:え? いや、だから僕、

 

八雲:午後の授業んとき、ぐぅぅううって聞こえてるよ。はざまんのお腹の音っしょ?

 

狭間:え、……ええ!?

 

八雲:俺、耳いいんすよねー。だからほら、我慢してないでさ、なんか買ってどっかで食うべし

 

狭間:……八雲くん、も、一緒に?

 

八雲:初「八雲くん」いただきました。もちろん、一緒に食お。そのあと、学校案内したげるよー。どっか
   行きたいとこ、ある?

 

狭間:……しつ

 

八雲:パードゥン?

 

狭間:図書室、行きたい

八雲:げ。俺初めて行くかも。あ、うそ。1年のときに、なんかオリエンテーションみたいなのあった気がする
   から、そのとき以来かも。つーかはざまん、ほんと本好きだね? よーしわかった、おっけー任して、
   とりあえず、さっさと行こー

 

狭間:八雲くん

 

八雲:なんすか?

 

狭間:なんで、話しかけてきたの?

 

八雲:へ? 言ったじゃん。興味があるから

 

狭間:でも、なんで一週間経って、突然

 

八雲:一週間見てて興味が湧いたから

 

狭間:どこに?

 

八雲:全体的に。あーもー、これでおっけーですかー!?

 

狭間:え、わっ!?

 

八雲:じれったいなー! 早くしないとメロンパンなくなるんだってばー!

 

狭間:ちょっ、わかった、わかったから待って! 腕、痛いから、引っ張らないでって……!!

 【間。
  2‐A教室。狭間と八雲が購買へ去ったあと。
  一条の様子を見に、一条と八雲のかつてのクラスメイトである、雪代 京がやってくる。】

一条:……あ。ゆき。
   ……そんなこと、ない。元気だよ。
   だから、大丈夫だよ、ゆき。ゆきとクラスが違っても大丈夫。俺は独りでも大丈夫。ゆきが大変なのは、
   わかってるつもりだし。
   ……そんな顔、しないで。俺は、ゆきの笑ってる顔が好きだよ。だから、ゆき。笑って。
   大丈夫だから。俺のことは、気にしないで……

 【間。
  昼食後、図書室に移動した狭間と八雲。
      書架から本を選ぶ狭間と、ひたすらついていく八雲。】

 

八雲:はー美味かった、幸せの味だった、もうなんか思い出すだけで美味いんだけどどうしよう。やっぱさ、
   メロンパンはバナナ味っすよねー

 

狭間:そう言うわりには、チョコチップの方も、美味しそうに食べてたけど

 

八雲:そりゃ、バナナ味が至高ってだけっすから

 

狭間:……そっか。あのさ、八雲くんは本、見なくていいの?

 

八雲:全然いい。俺は、本を選んでるはざまんと話がしたい

 

狭間:僕は、本を選ぶのに集中したい

 

八雲:ねえねえ、はざまん。はざまんって、なんで転校してきたの?

 

狭間:……えっと、家庭の事情で

 

八雲:ふーん。その指、絆創膏してるけど、怪我?

狭間:昨日、段ボールで切っちゃって。まだ引っ越しの片付け、終わってなくて

八雲:ふーん。ちなみに、本はダン箱いくつ分?

 

狭間:まだ開けてないけど、5箱くらい

八雲:なにそれすご

 

狭間:……あ、このシリーズ揃ってるんだ

 

八雲:本、そんなに好き?

 

狭間:好き

 

八雲:ふーん。一ヶ月にどれくらい読む?

 

狭間:最近はあんまり……でも、多いときは30冊くらい

 

八雲:ふーん。え、待って、一日一冊!?

 

狭間:あの、図書室で大きな声出したら迷惑になるから

八雲:うん、司書さんめっちゃ睨んでんね。あはー、どーもすみません、どーもー

 

狭間:八雲くんって、声、大きいよね

 

八雲:うわディスられた。よく言われる

 

狭間:そ、そうじゃなくて。よく通る声だよね

八雲:うわ褒められた。よく言われる。そうじゃなきゃ困るんだけどね、この声は武器だからさ

 

狭間:武器? 随分物騒な言い方だね

 

八雲:俺、ボーカルやってんの

 

狭間:ボーカルって、軽音楽部?

 

八雲:そ。見た目からしてそんな感じっしょ? はざまんは? なんか部活やってた?

 

狭間:ずっと帰宅部

 

八雲:ふーん。え、そんなに借りんの?

 

狭間:うん。あ、これも

 

八雲:ひー。見てるだけで重いから半分持ちます

 

狭間:……ありがとう

 【間。】

狭間M:変な人だと思った。
     元から大した人間じゃないくせに、自分から周りを遠ざけたから、当然みんな、僕から遠ざかっていった。
     これでこの場所でも、本の世界に好きなだけ入り込めると思ったのに、今更になって踏み込んでくるなんて。
     でも。鬱陶しいと思いながら、力尽くで遠ざけることができなかった。きっと明日からは、「興味」
     とやらを失って、自然に去っていくのだから、気にする必要はないんだと言い訳して

 

八雲:だるー、けど部活部活、勧誘勧誘ー。あ、はざまん、軽音どうすか?

 

狭間:ごめん、無理。毛色が違い過ぎる

 

八雲:だよねー。じゃーまた明日! ばいばーい!

 

狭間M:「また明日」。彼が武器と呼んだその声が、妙に耳に絡みついて。慌てて教室から駆け出した。
      そしたら、一条とぶつかった。
      ごめん、と僕が謝ると、一条 綾人は、目だけ少し伏せて、無言のまま去っていった。
             瞳の、夜の底みたいな深い色。芸術的な弧を描く、睫毛の長さ。色素の薄い頬の滑らかさ。
      間近で見る一条は、やっぱり、途方もなく綺麗だった。僕がこれまで見てきたもの、すべてのなかで、一番だと
             思えるほど、本当に、本当に綺麗だった。
      遠ざかっていく華奢な背中を、呆然と見送りながら。いつか読んだ、恋愛小説の一文を、ふいに思い出した。

     「美しいひとは、四肢を棘(いばら)に抱(いだ)かれて、はらわたを秘密で満たして眠るのだ。」

 

 【間。
  狭間家(母方、馳川の実家)の居間。午後11時。
  狭間、ソファに凭れて、借りてきた本を読んでいる。
  玄関の扉が開く音に気づいて、本を閉じる。そわそわと落ち着きなく、ふと、絆創膏を取ってみて、気づく。】

 

狭間:……あれ? ない。傷が消えてる

 

遼子:たっだいまぁー

 

狭間:あっ……おかえりなさい、叔母さ、遼子さん

 

遼子:よろしい。お姉さんでも可、遼子姉さんならなお良し。珍しいね、こんな時間まで起きてるなんて

 

狭間:え、あ……もう11時なんですね。本読んでたら、時間経つのも忘れてて

 

遼子:今日は何の本? ふうん、作家の名前は聞いたことある。そんなに面白いんだ?

 

狭間:はい。今日、学校の図書室に行ったら見つけて

 

遼子:図書室? ほんと、晴は昔っから本の虫だね。まだあたしの腰くらいだった頃から、会うたびに大事そうに
   本抱えてたもんなあ。絵本とか、図鑑とか、児童書とかさ。……落ち着いてきたら、あの段ボール箱
   いっぱいに詰まってるの、整理しなね? 空いてる部屋、どっか書庫にしちゃっていいから

 

狭間:いいんですか?

 

遼子:いいよ、どうせこの先、使うこともないだろうし。古い家だから、あんまり詰め込むと床抜けちゃうかも
   だけど

 

狭間:流石に、そこまでは……

 

遼子:そう? 結構なコレクションだと思うよ。あたしも借りて読んじゃおっかなー。活字なんて書類だけで十分ー
         って、最近小説、全然読んでなかったんだけどさ。ちょっと触発されちゃうよね

 

狭間:構いませんけど、僕の趣味で集めたものだから、遼子さんが面白いと思うかどうか

 

遼子:じゃ、遼子姉さんにおススメな小説、ピックアップしといて。見られて困るものは隠しとくこと!

 

狭間:なっ、ないですよ、そんなの!

 

遼子:あはは、1つや2つくらいあった方が、健康的だと思うけど? ……ふう、今日暑くなかった? すっごい
   汗かいちゃった。シャツ、背中透けてない?

 

狭間:え、ええと、

 

遼子:そうだ、今日の煮物、どうだった?

 

狭間:あ、美味しかったです、すごく! ありがとうございます、いつもすみません、お忙しいのに

 

遼子:光栄の至り。でも、いちいちそんな丁寧にしなくていいよ、くすぐったくなっちゃう。不味かったら、
   不味い! って言ってくれていいし。なにせ、久々にまともに料理してるからさ

 

狭間:すみません

 

遼子:いちいち謝らない。今のはただの提案よ

 

狭間:すみま、あっ

 

遼子:あはははっ、晴は可愛いねえ。でもほんと、癖にしない方がいいよ、それ

 

狭間:……はい

 

遼子:あー、やっば、焼酎切らしてたんだっけ。しゃーない、今夜はいよいよ秘蔵の梅酒の出番かな……っと。高校生
   相手にあんまりこういうこと言いたくないけど、なるべく早く寝ときなよ? 学校始まって一週間でしょ。
   土日挟んでるとはいえ、そろそろ、疲れが出てくる頃だと思うからさ

 

狭間:はい。もう、部屋行きます

 

遼子:うむ。顔洗った? 歯磨いた?

 

狭間:僕、そこまでは子供じゃ……

 

遼子:あはは、ごめんごめん、つい! おやすみ晴、良い夢見ろよー

 

狭間:おやすみなさい

 

遼子:ふふ。さってと、あたしはまずシャワー、シャワー

狭間:遼子さん、あの

 

遼子:ん?

 

狭間:……ありがとう、ございます

 【間。
  「向こう側」の世界。棘(いばら)の蔓延(はびこ)る塔。夜更け。
   最上階の広間で、古びた椅子に膝を抱えて座っている一条。その足元まで、棘が伸びている。】

一条M:錆びた鎧の、歩く音がする。また、ここへやってくる

 

棘兵:主(あるじ)さま、主さま。お目覚めでございますか、主さま

 

一条:……出て行って、くれる

 

棘兵:主さま、主さま。主さまは渇いていらっしゃる。紅茶をお淹れいたしましょう。深紅の花びらをたっぷり
   添えて、温かな紅茶をお淹れいたしましょう

 

一条:要らない

 

棘兵:主さまは飢えていらっしゃる。オムライスをお作りいたしましょう。深紅のケチャップをたっぷりかけて、
   柔らかなオムライスをお作りいたしましょう

 

一条:要らない

 

棘兵:主さまはお可哀想。寂しくなりませぬように、悲しくなりませぬように、あの方をお連れいたしましょう。
   主さまにいつでも寄り添えるように、寝台に繋いでおきましょう

 

一条:絶対、駄目!

 

棘兵:ああ、ああ、主さま! 美しい、私(わたくし)の主さま! 主さまのお望みならば、私はいつでも
   逝(ゆ)きましょう! この肌に咲く薔薇を引き抜いて、深紅の花びらを撒き散らして逝(ゆ)きましょう!
   それが、主さまのお望みならば!

 

一条:うるさい……っ

 

棘兵:主さま、主さまァ! あは、あはハ、アハハハハハハハハハハハハハハハァ!

 

一条M:胸を貫いて咲いた薔薇。深紅の花を引き抜いて、錆びた鎧は崩れ落ちる。崩れ落ちて、ただの鉄屑になる。
    でもまた、すぐによみがえる。また組み上がり、また花が咲く。それが、俺の「能力」だから

 

棘兵:ああ……愛しておりますわ。お慕いしておりますわ、主さま。さあ、紅茶をお淹れいたしましょう

 

一条M:ああ。棘の蔓延る天高い塔。母の声で語る、深紅の花咲く鎧が彷徨う塔。
    独りになりたかっただけなのに。どうして、こんなところへ、おちてきてしまったのだろう

 【間。
  翌日。2‐A教室。昼休み。
  自分の席で昼食をとる狭間と八雲。】

八雲:でさー、昨日見学来た子にさ、なんかこう、俺高校デビューしたんです絶対するんです女子にモテたいん
   です、みたいな? 今時珍しいくらい肉食系なオーラ醸してる子がいてさ、その子がさ、ソフトどころ
   じゃなくモヒカンでさー

狭間:あのさ、八雲くん

 

八雲:なに、はざまん。バナナみるく欲しい? 間接チューになるけどいい? あと、好きに呼んでいいよって
   言ったけど、くん付けられるより呼び捨てがいい

 

狭間:……じゃあ、八雲。バナナみるくは要らなくて……えっと

八雲:あのさーって話しかけといて口ごもるのナシ! やっぱいいや、はもっとナシ!

狭間:……その。一条くんって、どんなひと?

八雲:どんな人って、あんな……あー、今日休んでるんだっけ。つーかはざまんさ、俺と話してんのに、おいち
   ちゃんのことが気になんの? ひどくない? 俺とのことは遊びだったんすか?

 

狭間:ここ教室だから。変な目で見られるから、そういうの、ほんとやめて

 

八雲:あれ? 昨日まで、どう見られても平気だから邪魔しないで、みたいな感じだったのに?

 

狭間:…………

 

八雲:うそうそ! てか、おいちちゃんのことなら、俺に訊くより、ユッキーに訊いた方がいいかもよ。ユッキー
   だけなんだよね、おいちちゃんとまともに話せるのって

 

狭間:また、あだ名なんだ

 

八雲:そ、あだ名で呼ぶと仲良くなれた気がするから

 

狭間:……そうなんだ

 

八雲:あーでも、ユッキーは中毒性高くて人を駄目にするから、あんまり会わせたくないなー。俺みたいに堕落
   した高校生活を送りたくなったら言って、いつでも紹介するから

 

狭間:よくわからないけど、よくわかった

 

八雲:どっちー! そだ、おいちちゃんが休んでること、一応報告しとこ。今日無断欠席みたいだし

 

狭間:ユッキーさんに? なんで?

 

八雲:んー? なんでも

 

狭間:兄弟、とか? 学年が同じなら双子……あ、それだと、休んでるって知らないことの説明がつかないか。
   幼馴染……でも近くに住んでたらわかるはずだし、ひょっとして異母兄弟で、わけあって別々に住んでる
   とか? ううん、他人だけど、なぜか面倒を看てる場合もあるよね?

 

八雲:ねえ、はざまん。はざまんって、面白い人だよね

 

狭間:え

 

八雲:送信っと……お。今日は絆創膏してないね。昨日は怪我しなかったんだ

 

狭間:そりゃ、毎日怪我してるわけじゃないから。……本当は、一昨日もしなかったのかも

 

八雲:は? え? なに? あれ、ファッション? 怪我してたって言ってたの照れ隠し? うわはー、わかって
   あげられなくてごめん!

 

狭間:そう、じゃ、なくて! 怪我したはずだし、確かに、絆創膏に血はついてたけど。結構深く切ったのに、
   昨日の夜には、綺麗に治ってたから

 

八雲:ふーん。治癒力がすごいだけじゃない? ……げー、もうチャイム鳴ってんじゃん……ってやば、次英語!?
   課題忘れてた! はざまん、ちょ、ノート見して!

 

狭間:え、今から!?

 

八雲:今からでも足掻(あが)かして!

 【間。】

狭間M:抗いようもなく、流されていくような。そんな恐怖を味わっていた。
    流される。そう。昨日と変わらず話しかけてきた八雲に。一目見た瞬間から、一条のことを、どうしても
    意識してしまう自分に。
    切り離してしまいたいと思っているのに。僕は誰とも繋がらなくたって、すべてを知ることができる
    んだから。そうだ。紙を捲るたびに、文字を追いかけるたびに、僕は自分の世界を広げていける。
    そうすれば、心を留めておくことができる。そうすることが僕の幸せで。
    なのに。それ、なのに……

 

 【間。
  帰り道の商店街。午後4時。
  自転車を押して歩く八雲と、その斜め前を行く狭間。】

狭間:へ、へえー。や、八雲も、こっちなんだ。奇遇だね、あは、あははは、はは……

 

八雲:はいはーい、ちょっと落ち着こうかはざまん。まだ校門出てから100メートルも歩いてないよー

 

狭間:じゅ、十分過ぎるほど、お、落ち着いてるよ!

 

八雲:んーと、失礼承知で、あえて訊かして。誰かと一緒に帰ったこと、ないの?

 

狭間:あ、あるよ、それくらい。小学生のとき、集団下校とか、あったし

 

八雲:はー! 何年前の話っすか!

 

狭間:というか、なんで一緒に帰ることになってるの、僕たち!?

 

八雲:なんでそんなことでキレんの!? いや、俺が勝手についてってるわけだけどもさー

 

狭間:……キレては、ない。ないけど

 

八雲:けど?

 

狭間:……僕に、興味があるから? だから、昼休み一緒にいてくれたり、移動教室、案内してくれたり、するの?

 

八雲:迷惑がってんのかありがたがってんのかよくわからんけども、ま、そう。はざまんに興味があるから、
   こうやってわざわざ自転車押して、ストーカーよろしくついてってる

狭間:ねえ、おかしくない?

 

八雲:なにが?

 

狭間:どう考えても、おかしいよね? 僕みたいなのに、八雲みたいな人がさ……昨日も言ったけど、明らかに
   毛色が違うよね? 気づいてる? クラスのみんなの、八雲どうしたの、みたいな目! だからさ……もう、
          本当にさあ!

 

八雲:あれー、やっぱキレてんじゃん! ちょ、はざまん早い早い、歩くの早いってー!

 

狭間:僕と一緒にいたって、良いことなんか一つもないんだって、わかんないかな! 迷惑がってるのか、ありがた
   がってるのかわからない? だよね! 僕だってわかんないよ! ああ、もう!

 

八雲:はざまん、どーどー、落ち着けってばー! ほら、街ゆく人々がそわそわした目で俺らを見てるっすよー、
   青春してんなーって羨ましそうに見てるっすよー、だからはざまん、

 

狭間:なにがはざまんだよ! 僕は放っておいて欲しいんだってば! 1人で本を読んでたいんだってば!

八雲:はざまん、

 

狭間:お願いだから振り回さないでくれよ! どうせいなくなるんだから……それなら、最初から、そう割り切ってた
   方が、いいに決まってるんだって!!

 

八雲:アハ

 

狭間:笑うな!

 

八雲:やっぱ、そうなんだ

 

狭間:なんだよ!?

 

八雲:はざまん、寂しいんだね

 

狭間:っ……!? そっ……そんなわけ、ないだろ!!

 

八雲:アハハ! だよね。絶対怒ると思った。ねえ。はざまんって、面白い人だよね

狭間:……八雲?

 

八雲:はざまんは面白いからさ。だから、友達になって欲しいと思ったんだよ

 

狭間:……え? え?

 

八雲:ねえ。俺とさ。八雲 紅緒とさあ、友達になってよ、狭間 晴くん

狭間:や、ぐも、何? 何か、変、……え?

八雲:……ん? どしたの、窓ガラスじっと見て。知り合いでも見つけた? それとも、ハンバーガー食いたい?

 

狭間:いち、じょう、くん? なんで? なんで一条くんが、こんなところに?

 

八雲:いちじょー? え、まじ? おいちちゃん、いる? あの子、学校サボってハンバーガー食ってんの? 勇敢過ぎ
   じゃない? てかはざまん、あんまり乱暴に擦(こす)ったら、目ぇ痛くすんよ

 

狭間:……ハンバーガー?

 

八雲:うん。だってここ、かの有名なファストフードのチェーン店じゃん?

 

狭間:ファストフード店?

 

八雲:そ。看板見てみ?

 

狭間:あ……で、でも……でも、でもっ、なんか変だよ! だって、棘(いばら)が!

 

八雲:いばら?

 

狭間:棘が、あちこちに伸びて……一条くんの座ってる椅子とか、ベッドとかにも……とにかく、全然、お店って感じ
   じゃない! なんか、なんか……牢獄、みたいな、感じがっ……

八雲:そう? 俺には、ごく普通のイートインコーナーにしか見えないけど

 

狭間:え

 

八雲:おいちちゃんも、いなくない?

 

狭間:……っ!

 

八雲:ちょっ、はざまん!? すとーっぷ、いくらハンバーガー欲が昂ぶってるからって、そんな勢いで突入したら
   ……あら?

 

狭間:え? なんで床、無(な)っ……はあああぁあああああああぁあああああぁああああああっ!?

 【狭間と八雲、自動ドアを過ぎたところで、落下。

  間。
  同時刻。棘の塔、最上階。
  棘の兵が、変わらず椅子の上で蹲(うずくま)る一条に歩み寄る。】

棘兵:主さま、主さま。お休みでございますか。ああ、どうかお聞きくださいませ。悲しいお報せがございます

 

一条:……出て行って

 

棘兵:然様(さよう)でございます、主さま。塔から南の方角に、人の姿がございます

 

一条:え……

 

棘兵:主さま、ああ、主さま。お望みはすべて承知いたしております。あの方でしたら、お連れいたしましょう。
   あの方でなければ、排除いたしましょう。私の剣(つるぎ)は、そのためにございますもの

 

一条:つる、ぎ? 駄目、だよ。お願いだから、何もしないで

 

棘兵:主さま。ああ、ああ、お慕いしておりますわ、主さま。何事も、ご心配には及びません。私がお守り
   いたしましょう。我が剣を深紅で染め上げて、主さまをお守りいたしましょう。
   すべては、主さまのために。ああ、私が、お守りいたしましょう! この剣で! この剣でっ!!

 

一条:っ……、だれも、こないで。
   ……たすけて、ゆき

 【間。
  狭間と八雲、自動ドアからぶらさがっている。
  狭間の右手から、黒い糸状にエネルギーが伸びて、開いたままの自動ドアの端に絡みついている。】

八雲:っ、……ふー、あぶな。地面に激突寸前じゃん……あれ。待って、いまどういう状況?

 

狭間:な、ななな、なんか、僕の、右手から、変な、ものが、伸びて……自動ドアと、繋がってる、状況。
   僕、一体どうしたの、というか、なんであの自動ドア、宙に浮いてるの!?

 

八雲:あらー、まじだ。へー、はざまんってそうだったんだ。……よっ、と

 

狭間:八雲!?

 

八雲:はざまん、とりあえず下見られる? ほら、俺、立ってるっしょ? たぶん降りて大丈夫ー

狭間:お、降りる? どうやって!?

 

八雲:んー、とりあえずその糸みたいなの、ぷっつん、ってできない?

 

狭間:む、無理! そもそもなにこれ!? なんか黒いんだけど! もしかして静脈!? 血管!? 切ったら
          死んじゃわない!?

 

八雲:んー、たぶん違う。あとたぶん、切れろ、って思ったら切れる

狭間:き、切れろー、切れろー……あ、ほんとに切れ、……あだあっ!?

 

八雲:あちゃー。受け身取ってーって言うの失念してた。ごめん、大丈夫?

狭間:……大丈夫、じゃないし、夢じゃないって、わかって、気分も、最悪

八雲:ほい。眼鏡拾っといたよ。割れてなくて良かったっすね

 

狭間:……ありがとう。あの、ここ、どこ

 

八雲:さあ。わかんのは、ハンバーガーはお預けだってことくらいかな

 

狭間:待って。八雲はなんで、そんなに冷静でいられるの!?

 

八雲:あはは。だってさ、じたばたしたところで、状況が変わるわけじゃないじゃん。でしょ?

 

狭間M:確かにそうだ、と、何度も何度も深呼吸してから、僕も、あたりを見回した。
     そこは見渡す限り、モノクロの街だった。空も、大地も、街並みも、何もかもが、白と黒と灰色で構成
     されていた。
     鮮やかなのは、僕と八雲。それから

八雲:ねえ、はざまん。はざまんの言ってた、棘って、あれのこと?

狭間M:八雲が指さす先に、もう1つ。壁一面を植物に覆われた、レンガ造りの塔。高くそびえる塔に突き刺された、
     その周りの空だけが、この世界で唯一、蒼く輝いていた

 

八雲:じゃあ、おいちちゃんは、あの塔にいるんすかね?

 

狭間M:僕はいま、どこにいるのだろう。
     そんなこと、わかるはずがなかった。けれど、いまは

 

八雲:はざまん?

狭間:じゃあ、行かないとね。一条くん、泣いてるみたいだった。助けを求めてるみたいだった。確かじゃなくても

   ……僕は見たんだから、放っておけない

八雲:あは、俺に負けず劣らず適応力すごいね? ま、お空の自動ドアは消えないで留まってるみたいだし、
   ちょっとくらい探索してみても大丈夫じゃん?

狭間:……あのさ。さっきは、切れろ切れろって思ったら、切れたよね。じゃあ、繋がりたいと思ったら、繋がる
   かな。右手の人差し指から、左手の人差し指まで……

八雲:おー、繋がった。さっきのと同じ糸っすね?

 

狭間:……うん。なんだか、ほんとに、夢みたいだけど……この力があれば、一条くんを、助けられるかも知れない
   よね?

八雲:へー。はざまんって、そういう王道ファンタジーが好きなんだ?

狭間:ううん、ファンタジーは滅多に読まないんだ

 

八雲:ふーん。でもま、そういうことなら、俺も一緒に行くっすよ。同じ能力者のはざまんが行動起こすってのに、
   ここで指咥(くわ)えて待ってんのは、かっこつかないかんねー

 

狭間:え? ……あれ? 八雲、髪の毛、黒じゃなかったっけ?

 

八雲:ふっふっふー。実は俺もなんだよね。変化(へんげ)の能力っていうの? 先生に文句つけられんの面倒だから、
   普段は黒に変えてんの。こっちの栗色がほんとの色

狭間:へん、げ?

 

八雲:あー、わかるわかる、いまのすげー地味だよね。もっとこう、かっこいいのが見たいよね。じゃあ、サービス
   しちゃおっかな、っと

 

狭間:え、……えええ!? 消えた!?

 

八雲:ふっふっふっふー。どう? 見えないっしょ。どうどう? かっこいいかっこいい?

狭間:……ええと、すごい。すごいけど。あの、実際には違うんだってわかってるけど、1人で取り残された気分

   になるから、その

 

八雲:はい、出現!

狭間:わああああ!?

 

八雲:寂しかった?

 

狭間:寂しくない。あと、二度と抱きつかないで欲しい

八雲:そんなつれないこと言わないでさー! よくわかんない黒い糸を伸ばせるはざまんと、化(ば)けギツネ人間の俺。
   2人でちょっくら、おいちちゃん救出クエストに出発しましょ。
   でさ、この冒険が終わったら、あらためて、俺と友達になろうよ、はざまん

 

狭間:…………

 

八雲:だめ?

狭間:……ううん。いいよ、八雲。僕でよければ、友達になってよ

 

狭間M:どこへ辿り着くか、わからなくても。
    留めることが、難しくなったいまは、ただ。流されてみようと、思ったんだ

 

 ‐4月 棘の塔 前篇 end.‐
 

4月 棘の塔  前篇

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