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5月 空夜に硝子細工を浮かべる  中

 ※こちらはBL台本となっております。性的描写はございませんが、苦手な方はご注意ください。

 


【登場人物】


 ♂:♀:不問→5:1:1

 

 【男性】


  狭間 晴(ハザマ ハル)   :白兎東(シラトヒガシ)高校2‐A在籍。
               内気な文学少年。中肉中背、眼鏡。病気のため母と死別し、白兎町に住む母方の
               叔母である遼子に引き取られることに。感受性が豊かな普通の子。小説の世界に
               没入することで現実逃避していた。
               能力は、コントロール自在の黒い糸を出すこと。


  八雲 紅緒(ヤグモ ベニオ) :白兎東高校2‐A在籍。
                明朗快活なバンドマン。ボーカル担当。猫のようにしなやかな身体つき。独りを
                                  望む狭間に興味を抱く。
               能力は、周囲の人間の五感を騙して化(バ)けること。


  一条 綾人(イチジョウ アヤト):白兎東高校2‐A在籍。
                無口、無表情。色白、華奢な超絶美人。クラスの誰から話しかけられても、無視
               するか淡白な返事しかしなかったが、助けてもらった狭間と八雲とは交流するように。
               雪代には心を開いている。
               能力は、怪我の治療や、植物の成長の促進……?


  雪代 京(ユキシロ キョウ)  :白兎東高校2‐C在籍。
               成績優秀、品行方正、スポーツも人並み以上にできる優等生。温厚篤実な性格から、
               何かと頼りにされることが多い。


  雨澤 棗(アマサワ ナツメ)  :白兎東高校2‐C在籍。
               大柄で無愛想、周囲から恐れられている少年。苛立つと筆記用具を折ることで有名。
               花屋の息子。

 

 【女性】


  葛城 柚乃(カツラギ ユノ) :都内の私立中学に通う14歳の少女。類稀なる美しさから、学校ではアイドルのような
               扱いを受けている。お淑やかに振る舞っているが、実はお転婆な性格。「りく」と
               相思相愛の
関係だが、自分との交際が原因で彼が苛められていることを知り、ショックを
                                   受ける。

 

 【中性】


  りく(くまと兼役推奨) :都内の私立中学に通う、気弱だが心優しい、平凡な14歳の少年。

               葛城 柚乃と相思相愛の関係だが、学校のアイドル的存在である彼女と親密になった

               ことで、嫉妬による苛めの被害者となる。


  くま          :バルーンアートでできた、巨大なクマ。
               「柚乃のために」と、彼女をプラネタリウム内部の鳥籠に閉じ込め、一条を誘拐する。

 ※以下、【】内は、間と状況説明。()内はルビ。
  Mはモノローグ。


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 【ゴールデンウィーク最終日、夕暮れ時。
  都内、とある運動公園。
  噴水を臨むベンチに座る、りくと柚乃の2人。】


りく:柚乃ちゃん、ごめん。

   俺、もう、柚乃ちゃんと一緒にいたくないんだ


柚乃:……なんで? なんで、突然、そんなこと……柚乃のこと、嫌いになったの?


りく:嫌いになんて、なるわけないだろ


柚乃:なら、なんで? どうして、一緒にいたくないなんて、言うの?


りく:いくら、俺が、柚乃ちゃんと一緒にいたくても……俺なんかは、柚乃ちゃんと一緒にいちゃいけないんだよ。

   周りが、許してくれないんだ。前からわかってたことだけど……耐えられなく、なったんだ


柚乃:……靴箱の、画鋲(がびょう)のこと? ノートの、悪戯書きのこと、言ってるの?


りく:……ああ。知ってたんだ


柚乃:りくくん……あれ、柚乃のせいなの? ねえ、りくくん! 柚乃のせいなの!?


りく:違う! 俺のせいだよ!


柚乃:……りくくん?


りく:俺のせいなんだ。俺が、柚乃ちゃんとつりあわないから、いけないんだ

 


 【間。
  火曜日。昼休み。

  白兎東高校2-C教室へ、ふらりと入り込む八雲。
  前の席に座った女子に英語を教える雪代に、そっと近付いていく。】

 


雪代:そうだな、この文の主語が示すのは……、【振り返り】八雲?


八雲:もー。だーれだーってやろうと思ってたのにー、なんで気づいちゃうかなー?


雪代:ごめん。なんとなく気配を察してしまった


八雲:気配? ふーん、ユッキーってば鋭敏(えいびん)ー。
   【前の女子に向かって】あははー、どーも、お邪魔しまーす【椅子を跨いで、雪代の後ろに座る】


雪代:お、お……? 八雲、座りたいのなら、立つぞ?


八雲:野暮だなー、ユッキーの背中をぎゅーってしてたいんだってばー。んー、柔軟剤の匂いー……ねえねえ、
   お弁当は?


雪代:お弁当? もう食べてしまったが


八雲:そんなー、ユッキーの手料理欲してたのにー。あ、そういえば何してたの? その子、彼女?


雪代:こら、相手に失礼だぞ? いまは、英語の予習のことで、少し


八雲:ふーん、失礼なんだ……へ? 2-C、もうそこまで行きそうなの? 俺らまだ、そこの10ページくらい前


雪代:10ページ? 時間割が違うにしても、随分差があるんだな


八雲:そりゃーうちの教科担、河本(こうもと)だから


雪代:ああ、なるほど……


八雲:あのまろやかなハゲ、発音だけは良いんだけどなー。そだ、昨日はお菓子ありがとね。はざまんから
   貰ったー、部活のあと食べたー


雪代:どういたしまして。口には合ったか?


八雲:美味しかったよー、流行(はやり)と伝統の融合って感じで。流石はユッキー、俺がバナナ味好きなの
   弁(わきま)えてるよねー


雪代:そりゃあ、目の前であれだけバナナ味のものばっかり口にされたらな。八雲といえばバナナ味だなって、
   染み付いてしまうよな


八雲:あはは。……ねえ。ユッキーって、抹茶味が似合うよね


雪代:抹茶味? 日本茶も好きだが、家で飲むのは紅茶ばかりだな


八雲:んーと、じゃなくてイメージ。和装が似合う感じっていうの? 和やかでお上品で、艶(つや)っぽい感じ。

   【前の女子に向かって】だよね? ねー? 【雪代に向かって】ほら、頷いてる!

 

雪代:ええと……今日は、狭間さんと一緒じゃないんだな?


八雲:はざまん図書室。なんか図書委員にすげー頼まれて、本の整理手伝いに行ってる


雪代:そうか。本が好きなんだもんな


八雲:ちょー寂しい。てか、はざまんと言えばさー。昨日なんか、なっつんに喧嘩売っちゃったっぽいんだけど


雪代:ナッツに喧嘩を? アーモンドにクルミにヘーゼルナッツに、ナッツと言ってもいろいろあるけど……

   だが、喧嘩を?


八雲:もー! かわいいなー!


雪代:っ!? や、ぐも、くすぐっ、たい、んだが……!


八雲:あはは、ユッキー脇腹さすられんの弱いもんねー。
   てか残念、ナッツじゃなくてなっつん。このクラスの雨澤 棗(あまさわ なつめ)


雪代:……狭間さんが、雨澤に? 「っぽい」ということは、推測か?


八雲:そそ。昨日の帰りになっつんのこと訊いてきたから、知ってること教えてあげたんだけどさー
   ……そしたら、すっごい蒼い顔して黙り込んじゃったんすよね。だから


雪代:……そうか。それは、悪いことをしてしまったな


八雲:席、あそこだよね? いまいないの?


雪代:今日は欠席しているんだ。ただの風邪ならいいんだが、…………


八雲:もしもし、ユッキー?


雪代:ああ、ごめん。……狭間さん、チャイムが鳴るまで戻ってこないよな


八雲:用事? なになに、伝えとくよ?


雪代:いや、大丈夫だ、携帯電話で連絡するから。ありがとう


八雲:ふーん、おっけー。げ、もうこんな時間? 俺そろそろ教室戻るっす、長々と邪魔してごめんね?


雪代:いや、……今度、お菓子でも作って持っていくな? 一条にも食べさせたいし


八雲:まじ? はいはい、俺クッキーがいいっす!


雪代:ふふ、前に差し入れした、バナナ味のだな?


八雲:そう、それ!


雪代:わかった。他にも何種類か焼いてくる


八雲:わーい、絶対っすよー! ちょー楽しみにしてるから! んじゃ、まったねー!


雪代:ああ、また。
   【独り言】……もっと、ちゃんと、伝えておけばよかったのかな。
   【前の女子に向かって】あ……いや、何でもない! ごめんな、……ええと、ここの訳(やく)の話だったよな?

 


 【間。
  午後の授業の合間に、メールを送り合う狭間と雪代。
  (「」内は、メールの文面をそのまま掲載しています。!マークは無視して構いません。)】

 


雪代:「狭間さん! 昨日は美味しいお土産をありがとう!」


狭間:「メールありがとう。嬉しいです。」
   「こちらこそ、お土産のお菓子、すごく美味しかったです。叔母さんと食べました。ありがとう。」


雪代:「喜んでもらえて、よかった!」
   「それから、雨澤とのことに巻き込んでしまってごめん!」
   「雨澤は、俺との不仲ゆえに、ああいう行動をとっただけなんだ!」
   「本当にそれだけなんだ! だから、狭間さんは、本当に心配要らないんだからな!!」


狭間:「ありがとう。僕は大丈夫。」
   「雪代くんは、大丈夫なの?」


雪代:「もちろん大丈夫だ!!」
   「昨日も伝えたと思うが、雨澤は、悪人ではないからな!」


狭間:「うん。だけど、心配で。雪代のことが。」
   ……「ごめん。間違えて呼び捨てで送信しちゃった。」


雪代:「構わないぞ!!」
   「ありがとう!!」
   「でも、俺のことなんて心配しなくても大丈夫だぞ!」


狭間:……「なんて」?


八雲:はざまんはざまん、次、被服室!


狭間:あ、うん! ごめんっ!

 

 【間。

  火曜日、放課後。
  白兎東高校前商店街、ファストフード店。
  イートインコーナーで、向かい合ってハンバーガーを食べる狭間と八雲。
  落ち込んでどんよりと暗い狭間。】

 

 

狭間:そっか……雨澤くん、お休みだったんだ……


八雲:そ。だから今日は、校舎裏に呼び出される心配なかったってこと


狭間:だから違うって言ったよね……それにそういうの、冗談でもやめて……


八雲:あはは。てか、いいなー美味そう。ただのハンバーガーかよ、しかも単品かよ! って、レジじゃツッコみたく
   なったけど、確かにね、シンプルなハンバーガーには、とことんシンプルであるがゆえの良さがあるよね


狭間:そうだね……八雲のも、美味しそう……


八雲:うん美味い。そういや図書委員の手伝いどうだった? 見送ったとき、すげープルプルしてたけど。
   あのあと、大好きな本に囲まれたお陰で、大復活を遂げたりしたわけっすか?


狭間:大復活ってわけじゃないけど、まあなんとか……次も手伝ってって、頼まれたよ……


八雲:はざまん元気出して! もっと声張って! 流石に暗すぎ!


狭間:だ、だって……だってさあ!!


八雲:うんうんわかるよ? あのときの、店員のお姉さま方の、は? 何こいつら、頭大丈夫? って表情(かお)と
      いったら! 流石の俺でも堪(こた)えたっす


狭間:だって、何度か入り直せば、床が消えてくれるかと思ったから……ああ、もう……!


八雲:でもさー、済んだこと恥ずかしがってても仕方ないってー。元気出して、ポテトほい!


狭間:……いいよ、今ハンバーガー食べてるから


八雲:そう言わず、ほーい


狭間:はあ、八雲って、人の話聞かないよね……って、あの、もう掴んでるから。離してくれたら食べるから


八雲:えー。あーんじゃなきゃやだー


狭間:じゃあ要らない!


八雲:そう言わず、あーん


狭間:八雲って、ほんと人の話聞かないよね!?


八雲:聞いてはいるよ、気にせず自分を貫くだけで。あーん……あは、どう? 美味かろう?


狭間:……八雲のせいで、あんまり味を感じない


八雲:あはは、なんか俺達、恋人同士みたいっすねー!


狭間:話を戻すけど!! ……どうして、今日は入れなかったのかな。入るためには、何か条件があったりするのかな


八雲:んー。この苺シェイクみたいに、期間限定、って可能性は?


狭間:それもあるかも。ただ、それだけだったら沢山のひとが落ちちゃって、大混乱になっていたはずだよね。
   でも、あの場所にいたのは、僕と八雲と、一条くんの3人だけだった。共通点といえば、3人とも、東高の
   2年A組に在籍する、男子高校生だってこと……


八雲:あとは、何かしらの特殊能力を持っているってことっすね。そっちの方が関係ありげじゃない?


狭間:でも、僕はあの場所に入ってから、能力に目覚めたんだよ?


八雲:もしかするとはざまんってさー、あの場所で力に目覚めたんじゃなくて、あの場所で、初めて力を使った
   だけだったのかもよ?


狭間:え? ……今となっては確かめようがないけど、もしそうだとすると、一応、能力を持つひとだけが入れる
   場所、って仮説を立てられるね。
   「期間」に、「能力」……他に考えられるものはあるかな?


八雲:ねえねえ。はざまんが外からここの窓見たときにさー、ななななんと、いるはずのないおいちちゃんの姿を
   目撃! ってやつは?


狭間:そうだね、関係ない方がおかしいくらいだと思う。もしかするとそれが、「期間」になってるっていう
   合図なのかも。
   でも待って? どうして僕にだけ、一条くんの姿が見えたんだろう? 結果的には、八雲も一緒に入れたけど……
   ねえ、八雲は本当に見えなかったの?


八雲:へ? なんでそこ疑うの?


狭間:いや……何となく、一応


八雲:いいけど。俺には、ほんとに見えなかったよ? このひと幻覚見えてんのかなーって心配してたくらいっす。
   だってそうじゃん? 俺にとってはここ、馴染みの店で、店内がどうなってるかもちゃんと知ってんだから。
   自分の見てるもんが正常だって、わかってたわけっすからね


狭間:……そっか


八雲:そ。とりあえずさー、また何か見えるのを待つのが一番なんじゃない? あれこれ試すのも悪くないとは
   思うけど、下手すれば営業妨害ですーってんで補導されちゃうかもよ?


狭間:そう、だね。……うーん、早く次が来ないかな


八雲:ほらほら焦んないのー。そのつもりで来たわけだから、確かに入れなくてがっかりだけどさ。俺としては、
   はざまんから初めてお誘い貰ったってだけで嬉しかったし、ほら、代わりにハンバーガー欲は満たせたじゃん?


狭間:そもそも、ハンバーガー欲は昂ぶってないんだけど……はあ。2回目に入ることでわかることって多い
   だろうし、力を扱う練習もしておきたかったのに……


八雲:練習? なんのために? 強くなって次のダンジョンに備えんの? それとも、なっつんのこと気にしてんの?
   あー、実質どっちも同じだね。つまるところはざまんなら、誰かを守れるかもと思ってる?


狭間:【小さく】……それしか、ないから


八雲:ごめん、なんて?


狭間:あ、いや、その。馬鹿げた考えだって、思う?


八雲:思うわけないじゃん。俺達実際に、そんな馬鹿げた考えに突き動かされて、1人助けてるんだよ?


狭間:……そう、だよね


八雲:でもさー……ん、やっぱいいや


狭間:え、なに? 気になるんだけど


八雲:あは、気にしない気にしない。どうしても聞きたいなら、もっかいポテトあーんの刑!


狭間:それ刑罰だったの!? 僕なにかした!? ……でも、じゃあ、いいや……


 【間。
  陽が落ち始めている。ファストフード店前。
  店を出た狭間と八雲の2人。】

 


八雲:はー、満腹満腹。はざまん、これからどうする? 帰る? それともカラオケでも行く? はざまんには特別に、
   東高軽音楽部のスターであるこの俺が、直々にレッスンしてあげてもいいよー


狭間:や、八雲っ!


八雲:あはは、冗談だったりそうでもなかったり……あれれ? 例の窓じーっと見てるってことは、まさか


狭間:そのまさかだよ。思いが通じたみたいだ。窓に映る景色が、変わってる


八雲:まじまじ? 今度はどんな感じ?


狭間:ええと……星空みたいだ。暗いなかで、たくさんのものが、キラキラ光ってるのが見える。ひとの姿は、
   確認できないけど


八雲:あは。ねえ、はざまん。もう一回トライしてみる?


狭間:……付き合って、くれるの?


八雲:もちろんっす。そのつもりで来たんだからさ


狭間:ありがとう、八雲! それじゃあ、もう一回!
   【自動ドアの前に立ち】……僕達はあの日、勢いよくこの自動ドアを抜けて、周りの様子を確認する暇もなく、
   落ちた


八雲:扉を開けるだけだと、普通にカウンターが見えるね。ちゃんと、は? またお前らかよ、って顔もされてんね


狭間:八雲、僕の鞄、持っててくれる?


八雲:へ? なんで眼鏡オフ?


狭間:先に足を踏み入れてみるよ。もし降りられてもすぐに戻ってくるから、ここで様子を見ていてくれないかな?
   後ろからどういう風に見えるかとか、周りの人の反応とか


八雲:ふむふむ。おっけー、任された!


狭間:お願い、……行くね


狭間M:深呼吸を1つしてから、僕は一歩踏み出した。
    境界線を越えた途端に、周囲の景色が一変した。何度もあることを確かめた床が、当然のように消え去って、
    僕の身体は前のめりに落ちていった。


    だけど今回は、心臓を取り残していく間もなかった。心の準備が整っていたし、それに、すぐに止まったから。
    腕から伸ばした黒い糸が、自動ドアのフレームに巻きついて、僕の身体を、高い位置に留めてくれた。


       そこで僕は、見て、聞いた。脳に焼き付く、異様さを


狭間:……ただいまっ!


八雲:おかえりー。あれ、なんか蒼褪(あおざ)めてる?


狭間:だ、大丈夫。ねえ、どうだった?


八雲:あのね、はざまんは自動ドアを越えてすぐに消えた。周りは無反応、カウンターのお姉さま方も揃って無反応


狭間:え? 突然消えたのに、何の反応もなかったの?


八雲:うん、見事なまでの無反応


狭間:……そっか。僕の方も、自動ドアを越えた瞬間に景色が変わったよ。モノクロの街が見えたし、

   それからなにか、黒い楕円体のものが浮かんでいるのも見えた


八雲:黒い楕円体のもの?


狭間:うん、僕の家がすっぽり入りそうな大きさだった。そして、その上空だけ青空だったんだ。

   それって、一条くんのいた塔と同じだよね? だからきっと、あのなかに、この窓に映ってる部屋があるんだと思う


八雲:ふーん。じゃ、目的地はそこに決定っすね


狭間:……でも、その前にさ。確かめたいものがあるんだ


八雲:ほ?


狭間:音が聞こえたんだよ。ドカン、ドカン、って……遠くから、すごい音が

 


 【間。
  同刻。柚乃のプラネタリウム内部。
  長い眠りから覚めた柚乃、ふらついた足取りで、壁を探って回る。
  ふわふわと漂いながら、くまがその後を追いかける。】

 


柚乃:どうして……? どうして、出口、どこにもないの……? 柚乃、ほんとに、閉じ込められてるの……?


くま:ねえねえ、柚乃ちゃん!


柚乃:きゃっ!? ちょ、ちょっと! ついてこないでって言ってるでしょ!?


くま:えへへ、どうかな、どうかな? どこもかしこも、とーっても綺麗だよね! こんなに綺麗なんだもん、
   柚乃ちゃんも、気に入るに決まってるよね!


柚乃:もうっ……ついて、こないでって……ッ、【転ぶ】きゃあっ!


くま:あれれ、柚乃ちゃん、転んじゃったの? でも大丈夫、ちっとも痛くないよ! だって、こーんなに、

   ふわふわした床なんだもん!


柚乃:い、痛くない、ないけど……でもっ、大丈夫じゃなああああい!! 全然ないよっ! あなた、なんなの!?
   風船の、くまのおばけ!? なんで動くの、なんで喋るのよ! ……ねえ、ここどこ!! 柚乃をこんなところに
   閉じ込めて、どうするつもりなの!?


くま:あのね、柚乃ちゃん! ここは柚乃ちゃんの世界なんだよ!


柚乃:……柚乃の、世界?


くま:そう! 柚乃ちゃんが、ボクと、この綺麗な世界を作ってくれたんだ! ボクの仕事はね、柚乃ちゃんを
   守ること! それから、この綺麗な世界を、もっと、もーっと綺麗にすることなんだ!


柚乃:柚乃を、まもる? もっと、きれいにする? やめてよ、わけ、わかんないよ……お願いだから、ここから
   帰してよお……!!


くま:わあ! 柚乃ちゃんの涙、綺麗だなあ! でも、どうか泣かないで? ボクは柚乃ちゃんに、幸せになって欲しい
   んだ! だって柚乃ちゃんは、外の世界じゃ、幸せになれないんだもの!


柚乃:……なに、言ってるの……柚乃、わかんない、わかんないんだってば……!


くま:あれれ、わからないの? うーん、こまったなあ? どうしたら、わかってもらえるかなあ?
   あっ! そうだ、いいことを思いついたよ!


柚乃:っ!? いやッ……やだっ、放して、放してぇッ! 誰か、誰か、助けてぇぇええええええ!!


くま:ほら、見て柚乃ちゃん! 綺麗な柚乃ちゃんにぴったりな、綺麗な風船の鳥籠だよ!
   ここはね、この世界の中心なんだ! ほらほら、見てごらんよ! ここからなら、綺麗なこの世界が、もっと
      綺麗に見えるよ! そしたらきっと、この世界がもーっと大好きになるよね!


柚乃:出して……お願いっ、出してよお……! こんなところ、いや……!


くま:えへへ! 大丈夫だよ、柚乃ちゃん! 柚乃ちゃんのために、ボクがお友達を探してきてあげるから!


柚乃:……え? おとも、だち……?


くま:柚乃ちゃんにぴったりな、綺麗なお友達を、たっくさん連れてきてあげる! そしたら、もう寂しくないよね!
   もう、この世界から出たいなんて、思わないよね! あたりまえさ! ここは、柚乃ちゃんの世界なんだから!


柚乃M:ここが、あたしの世界?
    綺麗な世界。綺麗なものしかない、静かで冷たい、夜の世界。綺麗なひとしか、いない世界。
    ……これが、あたしの、世界。あたしが作った、あたしの……

 


 【間。
  自動ドアを抜けた先。モノクロの街を歩く狭間と八雲。
  遠くから破壊音が響いてくる。音に怯える狭間、いつも通りの八雲。】


八雲:ほほう、そうやって垂らしながら歩けば、目印にもなる、と。

   いいなあ、はざまんの力大活躍してて。俺もいいとこ見せたいっすー


狭間:やっ、八雲にだって、十分助けてもらって……ひっ!?


八雲:だって、前回透明になってただけじゃん! 俺だって、もっといろいろできるのにー!


狭間:わっ、わかってるよ……ひいっ!?


八雲:はざまん、ビビり過ぎ。音のする方に行ってみようって言ったの、はざまんでしょー?


狭間:う……


八雲:もー。俺ははざまんのそういう、ただのビビリなのか実は勇者なのかわかんないとこも気に入ってるけど。
   俺、止めたよね? この音はたぶん破壊音で、この先に、暴れ回っていろいろ滅茶苦茶にしてる何かが
   いるんだろうけど、それって近付くのすっげー危なくない? って。相手が一体か複数かもわかんないんだよ、
   って。けどさー


雨澤:あぁああああぁあああああああ!


八雲:……って、明らかに人間だってわかる叫び声が聞こえたから、少なくとも言語能力皆無な獣じゃないよねー、
   ってわけで近付いてるわけじゃん。俺としては、皆無に等しい野性味を感じたわけだけどもー


狭間:……ごめん。情けないな、やっぱり、怖くてさ……でも、ちゃんと確かめた方が、いいと思うんだよね。
   身を守る手段だって、あるんだしさ


八雲:へ?


狭間:八雲の能力だよ。また、助けてくれるよね?


八雲:その言い方なんかずるいー! いいけどー! だからさー、俺、透明になるだけが能じゃないんだってばー!


狭間:あ、あはは……ちゃんと、わかってるってば


狭間M:いくら歩いても、モノクロの、似たような景色が続くばかりだった。
    無個性な建物が並び、無骨な電柱が並び、時折、無意味な標識が立っている。

    迷路のようなその街を、黒くか細い痕跡を残しながら、ひたすら歩いて……破壊音と雄叫び、その源へ、

    少しずつ近付いていっていた。


    足の震えも心音も、進むごとに大きくなっていった。
    だけど、前を行く八雲のいつも通りの歩調が……のんびりとしているようで、僕より少し早いその歩調が、
    僕を励ましてくれていた。


    透明になっていただけ。そう八雲は言ったけど、それだけなんかじゃ、決してない。
    八雲がいなければ、僕はきっと、何一つ……


八雲:はーい、ここでストップ


狭間:目的地、到着?


八雲:そ。びっくりしすぎて絶叫しないでねー、流石にいま気づかれたくないから


雨澤:がああぁあああっ、くそっ、くそおぉぉぁああああああああああ!


狭間:う、うん


八雲:では、どうぞご覧あそばせ


狭間M:建物の影から窺ってみて、僕は、目を瞠(みは)った。

    人間離れした動きだった。獣のように俊敏で、強暴で、狂ったように脈絡がなかった。
    だけど、そこで暴れていたのは確かに人間で。さらに言えば、白兎東(しらとひがし)高校の制服をまとった、
    大柄で、浅黒い肌をした男性で……つまるところ、僕が恐れていた相手である、雨澤 棗、そのひとだった。


    彼は、跳躍して屋根を突き破り、壁を拳で叩き割り、標識を脛(すね)で真っ二つにし、
    挙句、電信柱を引き抜い、て……!?


狭間:う、うそお……!?


八雲:あれ、案外発泡スチロールかもよ? ちゃんとした素材なのか調べてなかったじゃん?


狭間:そ、それはそうだけど、バキバキバキィとか、ミシミシミシィとか、どう考えても発泡スチロールじゃ
   ない音がしてるんだけど!?


八雲:あはは、そだね。でも、ま、どんなに壊しても問題ないみたいっすよ


狭間:……え?


八雲:ほら。壊されたもの、どんどん直ってくの、わかる?


狭間M:八雲の言う通り。破壊されたものはすべて、時間の経過によって、元の状態に戻るようだった。
    そうでなければ、この辺りはとっくに、瓦礫(がれき)の山が連なるだけになっていただろう。

    破壊と再生が繰り返されていく。
    冗談みたいなその光景を、食い入るように見つめていて……わかったことが、もう1つあった。
    それぞれの建物には、やっぱり、誰もいないし、何もない。すべてが、ただの空洞だったんだ


八雲:あは。なんつーか、不気味さ鰻登(うなぎのぼ)り?


狭間:ここって、本当に一体、


雨澤:がああぁあああぁああ! なんなんだよぉおおおお!


狭間:……雨澤、くん?


雨澤:なんなんだよ、くそ……なんなんだよ、ここはよぉおお! この、畜生、がああぁああああああああああ!


八雲:すご。電柱ぶん回せるひとなんて実在したんだ


狭間:……た、


雨澤:あああぁあああああぁああああぁああ!


狭間:助けた方が、いい、かも


八雲:はい?


狭間:……雨澤くんも、たぶん、僕達と同じ能力者だ


八雲:だろうねー。あれ見て、いいえ彼は普通の人間です、って言うひとがいたら、正直どうかしてると思うもん


狭間:もしも前の僕達と同じように、わけもわからないまま、ここに落ちたんだとしたら? 一条くんと同じように、
   ドアの場所がわからなくなったんだとしたら? 帰れなくて、困ってるのかも知れないよね?

   だとしたら……僕の力で、何とかしてあげられる


八雲:でもさ、はざまん。あんな滅茶苦茶な奴なんだよ? 下手にもとの世界に帰したら危なくない?


狭間:…………


八雲:そういう考え方もあるよねって話。まじで思ってるわけじゃないっす


狭間:……不器用なだけで、悪人じゃない


八雲:ん?


狭間:雪代くんが、雨澤くんのこと、そう言ってたんだ。僕は、その言葉を信じようと思う。
   それにさ。困ってるんだとしたら……助ける力があるのに、見捨てていくなんて、できないよ


八雲:……あは。はざまんって、お人好しだよね


狭間:そうかな。普通じゃない?

 

八雲:そういう風に、さらっとカッコいいこと言っちゃえるとこ、結構好きだよ。
   おっけー、とりま、気の済むまで暴れて貰ってからにしよっか。あれじゃそもそも、近寄れねーっす


狭間:……うん

 


 【間。】

 


狭間M:破壊音が、やんだ。何一つ、聞こえなくなった。雨澤が、唐突に動きをとめたからだった。
    雨澤は、肩で息をしながら立ち尽くして……やがて、倒れた。

    影の黒だけが伸びる真白い道。自分の手で滅茶苦茶にしたその真ん中に、大の字になって、倒れた。


    破壊の痕跡が静かに消えていくなかで。彼は、大きく胸を上下させながら、黙ってモノクロの空を仰いでいた。
    その姿がなんだか、とても悲しそうに見えて。雪代の言葉は、やっぱり、間違っていないと思ったんだ


雨澤:【荒い息遣いを繰り返す】、……っ!?【気配に気づいて飛び起きる】


八雲:ほわっ!? 疲れ果ててんのかと思ったら、まだまだ元気! すっごい機敏!


雨澤:ッ、誰だてめえら……、あ? てめえは、昨日の?


狭間:お、驚かせちゃって、ごめん! はじめまして、2年A組の狭間です


八雲:同じくはじめまして、同じく2-Aの八雲 紅緒(べにお)ですー


雨澤:自己紹介なんざ要らねえんだよ。おい、ここはなんだ? てめえらがいるのはどういうことだ?


狭間:ここのことは、僕達にもよくわからないんだけど……もしかして、その、困ってない?


雨澤:ああ?


狭間:だから、その……雨澤くんも、落ちてきたんだよね? でも、どこから入ってきたのか、わからなくなって、
   その……


雨澤:……つまりてめえらは、帰る方法を知ってんのかよ


八雲:そ。はざまんの能力があれば帰れんの


雨澤:能力、だと?


狭間:これだよ。指から垂れてるこの黒い糸が、僕の能力なんだ


雨澤:……んだよ、それ。てめえらの後ろまで、続いて……


狭間:歩いてきた道程(みちのり)を示してくれてるんだよ。ここからじゃ出口の場所が見えないだろうと
   思って、ギリギリ見える位置から伸ばしてきたんだ


八雲:どうだー、手芸用の糸じゃないんすよ! 男子高校生が2人してぶら下がっても切れないくらい丈夫だし、

   コントロールも自在な優れものなんすよー!


雨澤:……ハッ。まさか、俺の他に、こんな妙な奴がいるとはな


狭間:雨澤くんの力は、身体能力の強化、だよね?


雨澤:見てたんだろ。説明は要らねえはずだ


狭間:…………


雨澤:だが……その、あれだ。てめえも大変だろ、制御が……、待て。てめえいま、コントロール自在っつったのか?


八雲:はい、言いましたけど


雨澤:…………そうか。そういう、ことかよ


狭間:雨澤くん? 制御、って


雨澤:ビビらせたろ、悪かった。借りを作んのは癪(しゃく)だが……頼む。てめえの力で、俺をここから
   出してくれねえか


狭間:ね、ねえ。もしかして君は、


雨澤:おい。できるってなら、早く連れてってくれ。放課後からずっとこんな気味悪(わり)いところを
   うろついてんだ……いまにも気が狂っちまいそうなんだよ


八雲:放課後? 今日休んでたってことは、まさか昨日の? うわ、とっくに狂ってるんじゃない?


雨澤:……んだと?


八雲:暴力反対ー。じゃ、はざまん、一旦戻ろっか


狭間:え? う、うん……


八雲:あらら、納得してない感じ? そりゃ、あの丸いのが気掛かりなのはわかるけど


狭間:ううん、そうじゃなくて……あれ?

 

狭間M:視界の端で、何かが煌めいた、気がした。
    黒い楕円体の方を振り向いてみて、すぐに気のせいなんかじゃないとわかった。


    蒼空の下から、ものすごいスピードで飛来して……灰色の空の下で急停止した、それは。
    光沢のあるボディでふわふわと漂いながら、円らな瞳で、僕達を見下ろしていた


くま:あれれー? いまここに入ってきてるのって、キミたちだけ?


雨澤:っ……!! なんなんだ……なんなんだ、こいつはっ!?


八雲:おっきなバルーンアートのくまだねー、やけにガーリーな色彩の


雨澤:そういうことじゃねえんだよ! つーかてめえは、なんでそんなに落ち着いてやがんだ!


八雲:耐性があんの。俺達、ああいうよくわかんない建物、ってか物体のなかで、こういうよくわかんない
   生き物と会ったことあるんだよねー


狭間:あそこから飛んできたってことは、やっぱり、守護者、なんだよね? じゃあ、


くま:あーあ! がっかりしちゃったなー!


八雲:は?


くま:キミも、キミも、キミも! 柚乃ちゃんのお友達には、とてもなれそうにないじゃないか! せっかく、
   柚乃ちゃんのはじめてのお友達に会えるかもって、ワクワクしながら飛んできたのに!


狭間:ゆの、ちゃん?


くま:キミたちみたいな、みにくい子ウサギくんたちには、外の世界がぴったりさ!

   騒々しい昼の世界へ、さっさとおかえり! じゃあね、ばいばーい!【飛び去る】


八雲:……んーと。はざまん、あいつ、喧嘩売り逃げしてったね?


狭間:僕としては、向こうに戦うつもりがなかっただけ、嬉しいけど


雨澤:戦う、だと? てめえら、まじで一体何者だ?


狭間:ええと、話せば長くなるんだよね。とにかく今日は、早く戻ろう?


雨澤:あ、ああ。……くそ、イラつかせやがって。まじで何もかも、なんなんだ……


八雲:説明はあとあと! うーし、帰って飯食って寝るぞー! こっちこっちー、ついといでー!


狭間:【八雲の横に追いついて】ねえ、八雲。明日の放課後も、ここに来れる?


八雲:おっけー、明日もたぶん部活ナシ。アリでもはざまん優先


狭間:ありがとう。……あの守護者、「ゆのちゃん」って言ってた。窓のなかには見えなかったけど、やっぱり
   あのなかにもひとがいるんだ。一条くんの、ときみたいに


雨澤:【独り言】……一条


八雲:明日も条件が合えば、乗り込もうってわけっすね。で、「ゆのちゃん」とやらを助け出そー、と。
   ……ねえ、はざまん。はざまんが本当にそうしたいなら、よろこんで付き合うよ


狭間:本当にそうしたいなら、って?


八雲:いやー。なんか、流されてないかなって思ったり?


狭間:え


八雲:あはは。そういう俺も、流す側にいるのかもね。でもさー、地に足がつかないのって、不安じゃない?


狭間:……八雲。僕は、流されたいと思ってるんだよ


八雲:ふーん。そっか


狭間:もちろん、不安だよ。でも、自分の力で泳ぎ回れないなら、流されるのも悪くないと思うんだ。

   ……君に流されなければ、僕はきっと今頃、家で31冊目の本を読んでた


八雲:31冊目?


狭間:いつまでも、ただ、それだけの人間だったと思うんだ。八雲、……君のおかげで、僕は少し、救われたんだ


八雲:……アハ、どういたしまして! ちなみに実際は? 今月入って、いま何冊目?


狭間:ええと、6冊目?


八雲:多っ! まだ上旬!

 

狭間:そんなことないと思うけど。去年なんて、連休中に15冊くらい一気に読んだし……


雨澤:おい。よくわかんねえが、てめえら、あのブヨブヨに乗り込むつもりかよ


八雲:へ? ぶよぶよ?


雨澤:跳んで、とりあえず殴ってみたらブヨブヨしてた


狭間:殴ったんだ!? すごい、ジャンプであの高さまで届くんだ……、ええと、うん、そのつもりだけど


雨澤:そうか。なら……

 


 【間。
  翌日、水曜日。午前9時。

  柚乃のプラネタリウム内部。
  鳥籠に閉じ込められた柚乃のもとに、くまによって一条が連れてこられる。
  くまが去ったあとで、会話する2人。】

 


柚乃:ね、ねえ。だ、大丈夫?


一条:大丈夫


柚乃:……あなた、だれなの?


一条:いちじょう あやと


柚乃:あやと、くん?


一条:そう


柚乃:あたしは、柚乃。葛城 柚乃(かつらぎ ゆの)


一条:かつらぎ ゆの


柚乃:……ねえ。あのくまさんが、あやとくんを連れてきたのって、その、合意の上?


一条:ううん。無理矢理


柚乃:……それ、もしかしなくても、柚乃のせいだよね……あのくま、「また子ウサギくんが来たー、今度こそ
   柚乃ちゃんのお友達になれるかもー」って、出て行っちゃって……それで、あなたを連れてきたんだもん


一条:かも知れない。でも、俺がまた落ちたのも、悪いから


柚乃:落ちた? ど、どういうこと?


一条:かつらぎは、


柚乃:柚乃


一条:……ゆのは、どうして、ここにきたの?


柚乃:え? ……そんなの、わかんない。気づいたら、いきなり……ううん。でも、そういえば、落ちた、のかも


一条:そっか

柚乃:うん、そう、そうだよ! 柚乃、月曜日の学校帰りに、雑貨屋さんに寄ったの。よく行くお店なんだけど、
   あのときはお店に入ろうとしたら、なぜか床が無くなっちゃってて。それで、いきなり、落ちちゃって


一条:そっか


柚乃:それから、ちょっと街を歩いたかも。何もかもモノクロで、不気味な街。
   ……そうだっ、お花!


一条:はな?


柚乃:真っ赤なお花! キラキラしながら咲いてるのを見つけたの! どこ見ても白黒ばっかだし、落ちたせいで
   あちこち痛いし、帰れもしないし、ぜんぶぜんぶわけわかんないしで、不安でしょうがなくて……
   だから、嬉しくなっちゃって。……そう、触った! 花びらに触ったの! そしたら、


一条:そしたら?


柚乃:……わかんない。気を失っちゃったのかも。気づいたら、ここにいた。
   あのくまさんは、ここのこと、柚乃が作った世界だって言ってた。柚乃には、ここがぴったりだって


一条:そっか


柚乃:そうなの。もう、わけわかんないでしょ? 柚乃はこんなところ作った覚えないし、出してって言ってたら
   閉じ込められるし……
   【鳥籠の風船を掴んで揺さ振る】もーっ、出してよーっ! 柚乃はこんなの、全然望んでないんだってばーっ!
      ねえーっ! ねえってばー! ……はあ


一条:……っ!


 【突然、空間が広がっていく。】


柚乃:きゃああっ! なに、なんなのっ!?
   ……え? う、うそ、ねえ、なんか、部屋が大きくなってない……!?


一条:……わからない


柚乃:ええっ!? よく見てよっ、絶対広くなってるってば! ……あやとくん? どうしたの、大丈夫?


一条:よく、わからない

 


 【間。
  水曜日。昼休み。
  白兎東高校2-C教室。廊下から雨澤を窺う狭間と八雲。】

 


狭間:雨澤くん、こっち見て、こっち、こっち見て……!


八雲:何してんの、大声で呼べばよくない?

   おーい、なっつんー! ほら、気づいた


雨澤:……てめえ、なんだよそのふざけたあだ名は


八雲:おっと、早くも喧嘩腰。じゃあ俺も喧嘩腰でいこ、なっつんご機嫌麗しゅう、オラア


狭間:や、八雲っ……雨澤くんも、仲良くしよう……!?


雨澤:……てめえはその鬱陶しい君付(くんづ)けをさっさとやめろ。で? 昨日の件か


狭間:う、うん。お昼を食べながらでも、どうかと思って!


八雲:お、意外、なっつんは弁当持ちなんすねー。とりま、人気(ひとけ)のないところ行こー。校舎裏とか
   どうすか?


狭間:校舎裏? 座るところあったっけ、それに、虫が多そうだけど


雨澤:ベンチがある。つーか、虫なんか気にしてる場合じゃ……【背後の雪代に気づいて】っ、おまえ


八雲:ユッキー、やっほー


狭間:ゆ、雪代くん、おはよ……こんにちは!


雪代:こんにちは。雨澤とも、仲良くなったんだな。よかった


雨澤:【舌打ち】なってねえよ……つーかなんだよ、おまえには用も関係もねえんだよ。

   席で女どもが待ってんだろ、さっさと引っ込んで数学でも教えてろ、この似非(えせ)教師さまが


雪代:ごめん。邪魔をして悪いんだが、狭間さんと八雲の2人に用があって


狭間:僕達に? どうかしたの?


雪代:今朝、一条から、メールで伝言を頼まれたんだ


八雲:なんと!? おいちちゃんから俺達に!?


狭間M:差し出された携帯電話のディスプレイには、確かに、一条からのメールが表示されていた。
    内容は、こうだった。


一条:「お願い。下校時間になったら、狭間と八雲に伝えて。
    向こうにいる。
    ゆきは、このことを気にしなくて大丈夫。俺はちゃんと元気だから。」


八雲:……まじ?


雪代:書いてある通り、下校時間まで待っていようと思っていたんだが……ごめん。どうしても、気になって
   しまって。一条の言葉を疑いたくはないんだが、それならどうしてまた欠席しているのか……

   ああ、余計な詮索だな。ごめん、本当に


狭間:雪代くん?


雪代:…………っ


八雲:ユッキー? どしたの、大丈夫?


雪代:ああ、ごめん。少しぼーっとしてしまった。いけないな、お昼休みだからって、気が抜けてしまって


雨澤:……言い訳は要らねえんだよ、調子悪(わり)いなら保健室でも行ってろ。つーか、いつにも増してごめんごめん
   うるせえな


雪代:【わざとらしく】ごめん、雨澤!


雨澤:おい


雪代:ふふ。少し早くなったが、確かに伝えたぞ?


狭間:雪代くん……ありがとう。だ、大丈夫、だよ!


雪代:大丈夫?


狭間:ごめんね、僕達、一条くんと連絡先の交換もしてなかったから。でも、本当に心配しなくても大丈夫だよ!
   一条くんのことは、絶対、大丈夫だから。僕達に、任せて


雪代:……そうか


雨澤:【舌打ち】お節介は他で焼いてろ


雪代:お前には焼かなくていいのか? 次の時間は小テストだぞ?


雨澤:っ、……いちいちうるせえっつってんだろ、小姑(こじゅうと)かよおまえは!


雪代:ならお前の思う小姑らしく言うが。2人相手には、あまり無愛想にしたら駄目だぞ?


雨澤:だからうるせえよ、引っ込んでろ!


雪代:あはは、わかった。
   狭間さん、八雲、また。一条のこと、頼んだぞ?


八雲:はいはーい、頼まれたっすー!
   【雪代の背を見送ったあと、移動しながら】……はー、びっくりしたー。あそこって携帯通じるんだね? 
   つーかまた落ちたって、どういう状況?


狭間:一条くんは、自分の部屋のドアから落ちたって言ってた。今回も、そうかも知れない


雨澤:おい、何がどうなってんのか、ちゃんと説明しろ


狭間:もちろんだよ。だって、せっかく、雨澤くんにも冒険に参加してもらえるんだし!


雨澤:……借りは、早く返してえからな。つーか、冒険って言い方、ダセエな


狭間:ええっ!? ダサくないよ、かの有名な探偵物語だって、タイトルに使ってるくらいだしっ!


八雲:んーと、はざまん、なんかどんまい

 


 【間。
  同刻。柚乃のプラネタリウム内部。
  鳥籠の中に、一条と柚乃が座り込んでいる。
  真ん中には、くまが残していったクリスタルのドミノ。】

 


柚乃:あのくまさん、どこ行っちゃったのかな。また、誰か誘拐してこなければいいんだけど……


一条:そうだね


柚乃:それに……これで遊んでよって、ドミノだよね? はあ、どうせなら、もっと役に立つものが欲しかったな。
   ああ、柚乃の鞄、どこ……ケータイとか、ほんと、どこ……


一条:ここ、圏外だよ


柚乃:わ、わかってる、さっき聞いたもん!


一条:入口の、すぐ下は、違うみたいだったけど


柚乃:……ねえ、いつ助けに来てくれるかな? さっき、あやとくんが言ってたひとたち


一条:わからない。もうすぐかも。ちがうかもしれないし、それとも、こないかも


柚乃:……このまま、誰も来てくれなかったら、どうなっちゃうのかな


一条:わからない


柚乃:あのね、くまさん、柚乃がお願いしたら、ご飯もお風呂も着替えも出してくれるの。だから、生きてはいけると
   思うんだけど、……ていうか! そこまでしてくれるなら、出してってお願いも聞いてくれればいいのに!
   それにっ……男の子と一緒に閉じ込めるって、なんなの!? デリカシーなさすぎだよ、ほんとになんなの、
   あのくまさん!


一条:ごめんね


柚乃:あっ……ご、ごめんなさい! あやとくんと一緒なのは、全然平気なの! ただ、配慮が足りないよねって話で!


一条:ゆのって、おてんば、なんだね


柚乃:ええっ!? そんなことないもん! 普段はもっとこう、お淑やかな女の子なんだよ!? こんな変な
   ことに巻き込まれてるから、パニックなだけで……いつもは、ちゃんと、お人形さんなんだから……
   

一条:……人形じゃ、ないよ


柚乃:例(たと)えだよっ! ……あやとくんは、いつもこんな感じなの?


一条:わからない


柚乃:えー? わかるでしょ、自分のことなんだよ?


一条:わからない。自分のことだから


柚乃:……なんか、深いこと、言うのね。……え。ドミノ、やるの?


一条:やること、ないから


柚乃:そ、そっか。それも、そうだね。そうなん、だけど……
   ……あやとくん、すごいね! やっぱり柚乃、だめ! うまく、並べられないや


一条:……震えてるの?


柚乃:う、ううん、不器用なだけ! これ、綺麗なドミノだね。ピンクとブルーの、クリスタルみたい。
   昔やったのは、もっといろんな形があったと思うんだけどな……これは全部、同じ形だね


一条:そうだね


柚乃:……これじゃ、柚乃だったら、はみ出しちゃう。あやとくんも、そうじゃない?


一条:列、曲がってないよ


柚乃:ドミノは、綺麗に並んでるけど。そういうことじゃないの。そういうことじゃ、ない……


一条:…………


柚乃:柚乃、ここにいた方がいいのかも。ここなら、はみ出さないよね。あやとさんみたいなひととなら、
   はみ出さない。それなら、疲れることも、傷つくことも、ないのかも


一条:ここに、いるの? それで、いいの?


柚乃:……よくないよ。でも、たぶん、柚乃が決めることじゃないの。
   上から見てるひとたちがいるんだよ。いまの、あたしたちみたいに

 


 【間。
  水曜日。放課後。
  モノクロの街での一条捜索後。

  柚乃のプラネタリウムを見上げる、狭間・八雲・雨澤の3人。】


狭間:うーん、あれだけ探し回っても、全然見当たらなかったってことは……


雨澤:声も届かねえほど遠くにいるか、この中にいるかだな。

   ……おい、てめえ、全身全霊文化系ってナリだが、早くもバテてんじゃねえだろうな


狭間:だ、大丈夫だよ。まだまだ動けると思うし、能力も温存してるし


雨澤:……ならいいんだが。つーか、このブヨブヨも一通り見上げて回ったが、入口らしいもんはどこにもねえな。
   どっから入ればいいんだよ


狭間:落ちるときに上から見た限りでも、見つけられなかったよね。あの守護者がここから出てきたのは、

   間違いないと思うんだけど……


雨澤:……つーか、昨日見たよりもでかくなってねえか


狭間:や、やっぱりそうだよね!? よかった、僕の気のせいじゃなくて……でも、なんで……?


雪代:【八雲の変化】こらっ!


狭間:わっ!?


雪代:【八雲の変化】2人してドチキンかっ!? そんな及び腰でどうするんだっ!


狭間:え、ええ!? 雪代くんっ!?


雨澤:お、おまえっ、何してんだよ!?


雪代:【八雲の変化】ふふ、驚いたか? お前達のことが心配で、つい来てしまった!


雨澤:心配で、んなとこまでついてくるって……おまえ、お節介にもほどが、


狭間:待って! ……どこからどう見ても雪代くんだけど、でも、さっきの台詞……もしかして、八雲?


八雲:おー、はざまん正解! 案外すぐバレちゃったなー、ま、そりゃそっか、状況が状況だもんね?


雨澤:その声……て、てめえ、なんで!?


雪代:【八雲の変化】昼に話したのに、もう忘れてしまったのか? 俺はいま、雪代 京(ゆきしろ きょう)に化けて
   いるんだ! こうして、相手の五感を騙して化けるのが、俺の能力だからなっ!


雨澤:っ、……そういや言ってやがったな。とにかくさっさと戻れ、その顔も声もイラつくんだよ


八雲:は? イラつく? なんでー?


雨澤:ああ? 何でもなにも、


八雲:あー、なるなる。ユッキーのこと、嫌いなんだ?


雨澤:……そうだ。その顔が視界に入るだけで虫唾が走る。だからやめろ


雪代:【八雲の変化】そんなに嫌いなのか、そうなのか……そうか、そうか……悲しいぞ、雨澤……


雨澤:……~っ、や、やめろって……


狭間:ちょっ、八雲、


雨澤:やめろって、言ってんだろうがああ!!【足で床をドン】


狭間:ひいいっ!? あ、雨澤くんっ、床に、亀裂が……!? 落ち着いて、お願いだから穏便にっ、


雨澤:うるせえ、言われなくてもわかってんだよ!!


狭間:ひいいいいっ!?


雨澤: ……いいか。さっさと戻れ。捻(ひね)り潰すぞ


八雲:あははー。ねえ。なっつんってほんとはさ、


狭間:っ!? 2人とも、上っ!


狭間M:突然あたりが暗くなって。見上げた先には、あの、巨大な風船のくまが浮かんでいた。
    鮮やかな空を背景にした、鮮やかな色のくま。得体の知れない建造物の、得体の知れない守護者は、
    次の瞬間には、僕達目掛けて急降下していた。
    そして……


くま:わーいっ! 子ウサギくんたち、みいつけた!
   ねえ! キミも、柚乃ちゃんのお友達になってくれるよね?

 


‐5月 空夜に硝子細工を浮かべる 中篇 end.‐

The       

  Blank  

    World

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